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■ 医療者の意識の転換と相関して精神的に安定し
呼吸苦が緩和された慢性呼吸器疾患の1例

U病院  M.S氏

【はじめに】 慢性呼吸器疾患の診療においては、様々な治療にもかかわらず病状が進行し、患者は治る見込みがないのではないかという不安に苛まれることが少なくない。また患者や家族が呼吸不全の際に人工呼吸器の装着を望まないケースも増えており、患者の呼吸困難、不安感を前にして主治医として無力感を感じることも多い。
今回、TL人間学に基づき主治医の意識を転換することと相関して、呼吸不全末期の患者の容態が一時的ではあるが改善し、内(心)と外(現実)のつながりを実感する経験をしたので報告する。

【症例】
症 例:78歳、女性。主訴:血痰と呼吸困難。
既往歴:20代より慢性副鼻腔炎に罹患。
現病歴:50代に初めて気管支拡張症と診断。徐々に進行する慢性低酸素血症のため平成18年に在宅酸素療法導入。普段から咳と膿性痰と体動時息切れが強く、屋内でも車椅子生活をしていた。同年中に感染や血痰による入退院を3回繰り返した。平成20年1月4日、多量の血痰が出現し入院となった。
入院時理学所見:るいそうが著しく、慢性呼吸器疾患が進行した際のPulmonary cachexiaと言われる状態であった。起坐位で努力呼吸をし、前胸部から背部にわたって吸気時の異常呼吸音が聴取された。
入院時検査所見:(図①)血液ガス所見は経鼻カニューレ3Lの酸素投与下でPO2は51.5torrと低下、PCO2は65.1torrと上昇し慢性Ⅱ型呼吸不全の増悪状態を呈していた。血液検査ではCRPの上昇以外、特記所見は認めなかった。
入院時胸部X線写真(図①)両側上肺野では主に斑状線影、中下肺野では輪状影を伴う濃厚な浸潤影を呈し、外来通院していた頃とほとんど変化を認めなかった。

図1

入院時CT写真(図②)
広範囲に気管支拡張を認め、気管支の一部はのう胞状となり内部に粘液の貯留を伴う。感染を示唆する浸潤影も一部に認めた。
以上の所見より気管支拡張に起因する血痰に感染が加わり、痰の喀出困難が相まって呼吸不全が増悪したものと思われた。

図2

治 療:
  1)抗生剤、2)止血剤、3)排痰を促進するためのネブライザーの使用と呼吸リハビリを開始した。以前より多剤耐性緑膿菌が検出されており抗生剤の著効は期待できず、肺炎の悪化、喀血による急変、呼吸筋疲弊の進行による呼吸不全の悪化が予想された。喀血した際の気管支動脈塞栓術や、呼吸不全が進行した際の挿菅・人工呼吸器装着に関しては、ご家族との話し合いの結果行わない方針となった。
入院後の経過(図③)入院後、肺炎の急速な進行や大量喀血による急変はなかったが、血痰や呼吸困難は改善せず、患者は常時、痰の喀出困難、息苦しさをどうにかして欲しいと訴え、このまま苦しみながら死を迎えるのではないかという不安もよく口にされるようになった。次第に衰弱し、やがて言葉を発することも少なくなっていった。

図3

  主治医の筆者も次第に病室から足が遠のいていったが、この時点でトータルライフ人間学の視点に基づいて主治医としての因を見つめたところ、以下のように諦めとニヒリズムに呑まれている苦・衰退であることに気づかされた。
筆者は、「やるべきことはやっている、もうできることはない」「苦しそうな患者を見るよりは、CO2が貯留して早く意識レベルが低下してくれたほうが(CO2ナルコーシス)まだいい。患者もその方が苦しまないですむはずだし……」「患者から苦痛を訴えられても、何もできない。回診がつらい」「呼吸器診療の現場はどこもこんなもの。悩んでもしょうがない」などの気持ちに常に支配され、患者との関わりを自ら避け、距離を置いていたことがわかった。
筆者は、自らの無自覚な想いに気づき、この苦・衰退の気持ちを立て直すため、病は治せないにしてもこれから一人の人間としてこの患者にどのように向き合ってゆきたいのか自分自身に問いかけたところ、これまで諦めの気持ちに呑まれるばかりで患者さんの心の声を聞こうとしてこなかった数々の場面が思い出され、後悔が湧いてきた。同時に、患者が長い人生で抱えてきたであろう様々な苦しみや歓びを少しでも察し受けとめ、医療者としてこの方の苦しみが少しでも癒されるような縁になってゆきたいという気持が湧いてきた。そのような畏敬の気持ちを基調として患者に声をかけるようにした。

図4

  その後の経過だが(図④)、因を転換して関わり始めてから驚いたことにいつも苦しそうにしていたその方がいろいろなことを話すようになられた。出身が第二次大戦中最も戦いの激しかった沖縄県南部の出身であること。九州に疎開し、その時に大変お世話になった方がおられたこと。生きていれば90歳を超しているであろうその方に、一度はお礼を言いたくて戦後何度� � か当地に赴いたが結局出会うことができなかったこと等々を、時折遠くを見つめるようにして話し続けられた。
いままで会うたびに苦しいと訴えていたのにもかかわらず、どこにそんな元気が残っていたのか驚きつつ、また主治医としてこの方の人生の背景を何も受けとめてこなかったことに後悔も感じながら、傾聴させていただいた。
「先生が回ってきてくれることが一番のくすり」と言って笑顔まで見せ、回診を楽しみにされるようになった。その出会いの後しばらくは血痰や呼吸苦の訴えが減っていったが、再び呼吸不全が進行し、入院してから約3週間後に亡くなられた。
 


【考察】
 慢性塞性肺疾患(COPD)や肺結核後遺症、気管支拡張症などの慢性呼吸器疾患の終末期においては様々な治療法にもかかわらず、患者は呼吸困難や不安に苛まれ最期を迎えることが少なくない。治療を目標とする時期を過ぎ、肉体的、精神的、社会的、そして霊的な癒しといった終末期医療における共通の課題を抱えているのがこの時期と言える。
肉体的苦痛の緩和という側面からはモルヒネや様々な鎮 静剤も以前と比べると積極的に使用されるようになってきており、呼吸困難感やせん妄、うつ状態などの精神症状に対しても対処しやすくなってきているが、患者にとっての人生の受容、家族との絆の再結、大いなる存在への托身といったテーマに関してはどのようにアプローチしてよいか困惑し、時に無力感を感じてきたのが実状である。
本症例も途中の光転の期間を除けば、慢性呼吸器疾患末期の患者がたどる典型的な経過を示していると思われる。しかし今回は、トータルライフ人間学に基づき主治医としてこれまで陥ってきた因を見取り、さらに「人間を魂として見る 」というまなざしから因を転換して新たな気持ちで関わったところ、患者の状態が一時的であるが改善するという光転の果報に導かれた。
内(主治医の心)と外(患者の状態)は深く繋がっていることを実感するとともに、だからこそ医療者としてどのような因で患者に対しているのか普段から点検し、より本来的な因へ転換してゆくことの大切さを痛感する経験であった。


【結語】
医療者の意識の転換と相関して、精神的に安定し呼吸苦が緩和された慢性呼吸器疾患の1例を経験した。患者を様々な背景を持ち人生を歩まれてきた一人の魂であると受けとめ、畏敬をもって関わることで苦痛が緩和されるという経験をした。医療者の意識の転換は、患者にとって人生や病の受容といった癒しにつながる決定的な糸口になりうるという希望を感じた。

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