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■ 「因縁果報ウイズダム基本篇」の取り組みにより
重度嚥下障害、コミュニケーション障害が回復に向かった1例

介護老人保健施設M 言語聴覚士 R.K氏

【はじめに】 わが国における三大死因の一つである脳卒中は、減少傾向にあるものの、その数はいまだ多く、脳卒中後遺症である麻痺や高次脳機能障害、嚥下障害の回復のためには、リハビリテーション( 以下、リハビリ) が非常に重要であるが、法の改正により十分なリハビリを受けられないことが問題になっている。
  現在、病院のみならず、介護老人保健施設などの施設でのリハビリや訪問リハビリのニーズも増えてきており、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士などの様々な専門を持つセラピストが協力してリハビリを行うことで、その効果を大きくすることができる。
  その中でも、言語聴覚士は、わが国では比較的新しく、平成11年に制度化された資格であり、聴力や音声機能、言語機能、摂食嚥下機能の検査および訓練が主な業務である。平成19年度末の全国における言語聴覚士登録者数は12,543人である。
  今回、「因縁果報ウイズダム基本篇」に基づき、言語聴覚士である筆者が、自分自身の「因」を転換し、「縁」を整えることを通して、脳卒中後遺症である嚥下障害が著明に改善し、コミュニケーション障害に改善が認められた症例を経験したので報告する。

【症例】 70歳男性。平成18年1月に脳梗塞を発症。左中大脳動脈領域に広範な梗塞を認め、右片麻痺、全失語、高次脳機能障害、嚥下障害が残存した。
  当施設入所時は、呼吸状態は安定せず、時折痰がらみや喘鳴、睡眠時無呼吸が見られた。声かけに対する反応は乏しく、発語は全く無く、呼びかけに対して時々目を合わせる程度であった。重度右半側空間無視により右からの音には反応が無く、常に左を向いている状態であった。日常生活動作は全介助レベルであり、日中、夜間ともにベッド上で過ごすことがほとんどで、坐位保持困難なことから、移動時にはリクライニング式車椅子を使用していた。
  入所時は時折むせ込みながら、3食極キザミ食とトロミ付き水分を経口摂取していたが、同年11月に誤嚥性肺炎にて他病院に入院し、胃瘻を造設し経管栄養となり、当施設に再入所となった。
  再入所時には、痰がらみや発熱があり、誤嚥性肺炎再発の危険が高いため、経口摂取は全く行わず、経管栄養のみであった。また、治療者の指示に従えず、回復が見込めないことから、身体的なリハビリは打ち切りとなっていた。歯ブラシの噛み込みにより口腔ケアも困難であったことから、胃瘻管理と排泄介助以外ほとんどケアがなされていなかった。
  「因縁果報ウイズダム基本篇」に取り組むことを通して、障害が重度でリハビリ困難なこの患者さんに対し、「どうせ良くならない」「発症から時間も経ってこのレベルだとどうしようもない。変わらないだろう」という筆者自身の暗転の「因」とともに、場の中には、「問題先送り」の暗転の「縁」(原則)があることがわかってきた。
  また、看護師に対する「怖いから従っておこう」や、介護士に対する「どうせ言ってもわからない」という気持ちがあり、看護師や介護士と連携が図れず、看護師や介護士を「暗転の縁」としてしまっていたことが明らかになった。
  筆者は、「果報」(結果)である患者さんの状態や「縁」である周りのスタッフを何とかしようとしていたことに気づき、「結果には必ず原因がある」との高橋佳子先生が説かれている因縁果報の一節が思い出され、この結果を生み出している自分の気持ち(「因」)を変えることこそがもっとも大切だということを実感した。

暗転の因縁果報
  そこで、この困難な患者さんの病態を引き受けて、その改善に取り組むことや、苦手な他職種との連携に対して、「後回しにしません」としっかりと「因」を定めた。
特に、話しかけても反応がなくほとんど変化が見られない患者さんを前にすると、「どうせ良くならない」という気持ちにすぐに陥りそうになったが、この気持ちを留め、「きっと伝わる。患者さんの中の可能性を信じよう」「私が諦めてはだめ」と、反応がなくても諦めずに訪室し、患者さんの手を握りながら声をかけ続けた。

光転の因縁果報


  すると、次第に看護師が、それまで実施できなかった口腔ケアが、「まるで患者さん自身が協力してくれるようになり、うまく実施できた」ことなどを嬉しそうに報告してくれるようになり、筆者も患者さんの様子の変化を伝え、互いの情報交換の機会が生まれていった。
その結果、口腔ケアが定着し始め、プラークや口臭など口腔内環境が改善し、徐々に痰がらみや発熱が減少していった。また、患者さんは、声かけに対し首を縦に振り、うなずくようになった。全く無表情であったのが、日を追うごとに反応が増え、笑顔を見せ、涙を流すなど感情が表出できるようになった。そして、ベッドから落とした枕や布団を介護士が拾って渡すと、患者さんににこやかな表情が見られ、それが人を呼ぶ合図となり他者との交流が生まれていった。更に、手招きや手を振る行為がみられるようになり、指相撲が出来るようになった。
 嚥下障害に対しては、言語聴覚士と看護師で経口摂取訓練を開始し、ムセることなくトロミ付きの水分が摂取可能となり、続いて、ゼリー、ペースト食が摂取可能となった。
訓練開始時は誤嚥性肺炎のリスクが高かったため、言語聴覚士と看護師のみの食事介助であったが、徐々に介護士や家族も介助可能となり、入所当初は他者との交流がほとんどなかった患者さんに関わりの場が増えていった。

【考察】
 
 筆者はこれまで、回復の見込みがないとされる患者を前にすると、「どうせよくならない」「変わらないだろう」と諦めていた。今回の取り組みを通して、これまで光転しなかった原因は、必ずしも患者の状態によるものではなく、筆者自身の「因」(意識)と、「縁」(同志・原則・システム)が結びついて、生まれていたことが分かってきた。
  すなわち、筆者の苦・衰退による諦めの気持ちから、患者さんへの十分なケアに取り組めず、他職種との連携も図ろうとしなかった。その想いが、暗転の「因」であり、これが職場の中に蔓延する問題先送りの暗転の「原則」と結びつき、ケアが進まず、患者さんの状態が固定
化していたことが分かった。
  さらに、筆者の看護師や介護士に対する苦・衰退の暗転の「因」が、職種間の連携を阻み、患者さんへのケアの質を落とし、患者さんの状態を悪化させる要因になっていた。
  しかし、今回「因縁果報ウイズダム基本篇」に拠って、「因」と「縁」の転換に挑戦し、患者さんの可能性を信じたときに、回復は見込めないとされていた患者の状態は徐々に改善していった。すなわち、「患者さんの可能性を信じよう」という筆者の「因」と、嬉しそうに患者をケアする看護師や介護士という光転の「縁」が結びついて、患者さん自身が自分の可能性を信じ、予想を超えて、状態が改善していった。
  治療者自身の「因」の転換と「縁」(同志・原則・システム)の整備によって、通常では回復困難な患者の状態も改善し得る可能性があることが示唆された。今回の経験を通して、治療者自身の意識と患者の状態は強く相関していると実感された。

 
【結果】  回復期を過ぎ積極的なリハビリが行えず、改善が見込まれない患者さんでも、治療者側が、「因縁果報ウイズダム基本篇」に取り組み、「因」を転換し、「縁」を整えてゆくことによって、「果報」としての患者さんの病態が、予想を超えて大きく改善することがあることが分かった。
  今後も、「因縁果報ウイズダム基本篇」にのっとりTL人間学に基づいた実践を深め、解決への道をつけてゆきたい。

 
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